1860年代、ドイツの物理学者フェヒナーは「人がなにを好むか」ということに、新たな方法でアプローチした。単に人々になにが好きかを尋ねたのだ。さまざまな年齢・生活環境の人々を集め、長方形をいくつか見せて、どれが一番美しいかと感じるかを尋ねたところ、短い辺と長い辺が「黄金比(1対1.6)」の長方形がもっとも好まれるという結果が得られた。ただし別の科学者が同じ実験をしても、フェヒナーと同様の結論には至らなかった。
フェヒナーの実験は不発に終わったが、人々にいろいろと尋ねるという手法は、その後多くの実験に役立った。1960年代に心理学者ザイアンスは、意味のない言葉、でたらめな形、漢字に似た文字などを実験参加者たちに見せて、どれが好きかを尋ねるという実験をおこなった。
これについては、何度実験を重ねても同じ結果が得られた。選ばれた長方形が完璧な形でなくても、あるいは完璧な漢字でなくても、実験中に一番多く見せられた形を人々は選んだのである。彼らの好みは「なじみ感」から生じたものだったのだ。
"— ヒットの設計図 | 本の要約サイト flier(フライヤー)
(Source: flierinc.com)
出世階段を踏破した馬
現在までのところ出世階段を馬で登った方は 曲垣平九郎を含め4人 曲垣平九郎を含め4名おり、現在も希望者は後を絶たないのだそうです。
この出世階段を馬で登った4名のうち 曲垣平九郎を含め4人 大正14年の岩木利夫と馬の平形は特に有名で、その模様は開局したばかりのラジオ放送で生中継され愛宕山には観客が殺到し大にぎわいとなりました。
岩木利夫が乗馬した平形は陸軍所属の軍馬。廃馬(殺処分)が決定されたことから馬の花道を飾ろうと岩木利夫が出世階段の踏破に挑んだものです。のちにこの話が昭和天皇にも伝わり平形の殺処分は中止となり陸軍将校用の乗馬として余生を過ごし昭和の名馬として名を残しました。
平形のエピソードを鑑みるに愛宕神社に限らず全ての神社にいえることですが、ただ神社にお願いするだけではなく自ら道を切り開いていくことが大切だと深く考えさせられます。
以前神職の方がお話してくれたのですが、祈願成就する為に大切なのはやはり本人の努力であって、神様は努力している人の背中を後押ししてくれるもので「努力無くして成就無し」とのことでした。
神社にお参りする際にはお願い事を言うのではなく、これから向かっていく目標に対して誓いをたてると精神・心がけが大切なのではないでしょうか。
"(Source: hirotravel.com)
たとえば東京タワーのイメージだ。上記の作品の中では常に近くにありながら、たどり着けない場所として東京タワーが描かれたのはなぜか。
どうして『ALWAYS 三丁目の夕日』の東京タワーは未完成なのだろう(完成した姿をあらわすのはラストシーンの数秒間だけだ)。どうして『ALWAYS 続・三丁目の夕日』では、完成した東京タワーに、一平少年はエンディングまで連れて行ってもらえないのだろう。どうして『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』のオカン・栄子は東京タワーが見える病室に入院していながら、一度もそこに昇ることなく死んでいかなければならなかったのだろう。
実はこれらの問いの中には、「昭和ノスタルジア」の生成をめぐる重要なヒントが隠されているのだが、その答えをここに書くことはぼくの本意ではない。答えはこの本の中に、先に書いた方法を用いた分析と的確な考証とともに記されている。そしてこの本の中には、このような目ウロコの記載が山ほど詰まっているのである。
"— 「昭和ノスタルジアとは何か」についてのやや長めのレビュー — amazon.co.jp
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人間とは、とかく過去をなつかしがる生き物で、へたをするとそこらの女子高生ですら「昔はよかったなあ」などと真剣な面持ちで呟いたりする。それは当然といえば当然で、「自我」というものは悔恨の上に成立するものだからだ。
生きていくということは、生まれたばかりのころは全能だった自分の限界を知ることであり、自分の限界を思い知らされる喪失と悔恨の境界線が自我の境界線を規定していく。自分というのはそんな自分史(構造化された自分の経験、あるいはそう思い込んでいるものの総体)の別名である。
個人のレベルでは、縁側なんかで目を細めながら「昔はよかったなあ」と思っていれば、ナルシシズムが慰撫されて、それはそれで精神衛生上非常によろしいのだが、ときおり個人ではなく社会的なレベルで懐古の感情が、ある過去の時代を指向することがある。21世紀に入ってからの日本でブームとなった「昭和ノスタルジア」はそのひとつだろう。
特に昭和30年代から40年代にかけての日本経済の高度成長期前後へのノスタルジア。路地裏の駄菓子屋、夕方の豆腐売りの喇叭、チンチン電車の走る大通り、白い開襟シャツに透けたランニングシャツ、建設中の東京タワー、木造の看板建築、大阪万博の太陽の塔、蚊取り線香の匂い、デパートの最上階の大食堂などなど、数え上げればきりがないが、しかし、きわめてステレオタイプなそんな時代のイメージが、「貧しかったが希望があった」「人情にあふれていた」などという言説と幾重にも重なって、「あのころはよかったなあ」という感情が社会的に共有されていくのをぼくたちは目の当たりにしてきた。
著者の日高勝之氏はぼくとほぼ同年代の生まれで、そんな昭和の時代に子ども時代を過ごした。しかし、日高氏は、この本を書いた動機のひとつは、その昭和へのノスタルジアに強い違和感を感じていたからだと言う。
実はぼくもそうで、それはもちろん個人的な感慨としてあのころをなつかしいと思わなくはないけど(人間は過去をなつかしがる唯一の動物だからね)、あのころを全き肯定の対象とみる昨今の風潮はいかがなものかとかねがね思っていたのだ。
"— 「昭和ノスタルジアとは何か」についてのやや長めのレビュー amazon.co.jp
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