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資産の推移(1/3)
残金のまとめ: 2010.1月末時点(作成2/5)
預貯金(長期定期)   \ 40,000,000
預貯金(短期定期)   \ 9,500,000
普通預金 \ 334,200
MMF(証券口座) \ 1,650,122
FX口座     \ 710,325
預金利子(進捗分)   \ 1,520,000
金券など      約\ 300,000
お財布の中      \   21,123
携帯専用引落口座   \   11,936
——————————————————
合計  約\ 54,047,706 
(注:投資信託、株などのリスク資産は含まず)


残金のまとめ: 2010.2月末時点(作成3/4)
預貯金(長期定期)_____\_40,000,000
預貯金(短期定期)_____\__4,500,000
普通預金(兼引落口座)_\____175,877
MMF(証券口座)________\__7,801,236
FX口座(合計)_________\____325,835
預金利子(進捗分)_____\__1,560,000
金券など___________約\____300,000
お財布の中___________\_____65,139
——————————————————
合計_______________約\_54,728,087
(注:投資信託、株などのリスク資産は含まず)


残金のまとめ: 2010.3月末時点(作成4/2)
預貯金(長期定期)_____\_30,000,000
預貯金(短期定期)_____\_20,000,000
普通預金(兼引落口座)_\____255,621
MMF(証券口座)________\__4,317,227
FX口座(合計)_________\_____91,238
預金利子(進捗分)_____\__1,140,000
金券など___________約\____300,000
お財布の中___________\_____35,433
——————————————————
合計_______________約\_56,139,519
(注:投資信託、株などのリスク資産は含まず)

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資産の推移(1/3): 無職生活開始~ by ぬこ

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"大体勉強を始めて三ヶ月くらいでSpecial Englishじゃない無印のVOAを聴くようになる。単語も難しなるし、発音も速いけど、聴き取れないレベルじゃない。映像付きならCNNなどのニュースもなんとなくわかるようになってた。そして、祈るようにVOAを聴きスクリプトを読む出て来た単語を覚えるの作業をしていた。たまにスクリプト付きで配信しているTEDやBBCに浮気するが、半年過ぎたくらいで、VOAもあらかた理解出来るようになり、聴いている洋楽も見ている洋画も意識を向けなくても言葉として理解出来るようになっていた。勉強時間は一日一時間か調子の良い時で二時間くらいだった。この時にTOEIC受けたら695点だった。TOEIC用の勉強は一切していない。これはちょっとTOEIC用の勉強をしたら800点越えられるなーって思って、問題集を購入して点数が低かった文法パートを重点的に勉強して、問題集を解いて練習したら、845点になっていた。勉強を始めてから一年間経っていないです。"

バカでも出来た英語学習方法 | lifehack(笑)

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"わたしたちは、相手を「知らない」から「恋に落ち」、
その結果、相手を知ろうとして、やがて、その「恋」を失うのです。
つまり、私たちは、「恋愛」を失う条件を作り出してしまうために、
命がけで「恋愛」をしていることになるのです。"

高橋源一郎「13日間で「名文」を書けるようになる方法」

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大友克洋GENGA展
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(via 芥川賞に選ばれて:言いたいこと、あの夜と今=田中慎弥 - 毎日jp(毎日新聞))


第146回芥川賞に選ばれ、記者会見する筆者=東京都千代田区の東京会館で17日、山本晋撮影


すでに各メディアで流されたから御存知の方も多いだろうが、一月十七日、私の小説が芥川賞に決まった日の夜、東京でバカな記者会見をした。女優の 言葉を引用し、自分がもらって当然と言い、さらに石原慎太郎都知事に言及した。その後のさまざまな報道のされ方の中には、事実と違う部分がかなりある。終 わったこととはいうものの、私の知っている範囲の事情を、どうしても書いておきたい。
まず、十七日の会見の段階で私は、石原氏が六日に行った、今度の芥川賞候補作はバカみたい、という発言を全く知らなかった。正確な内容を知ったの は十八日になってからだ。次に、会見内での、もらって当然、都知事と都民のためにもらっといてやる、という言い方は、はっきり言うと最終候補になるずっと 前から、もしその時が来たら言ってやろうと準備していたものだった。だから、六日の都知事の発言に田中がかみついた、というのはメディアが勝手に作った図 式だ。
もう一つ、その後の石原氏の選考委員退任について。これを知ったのもやはり受賞決定の翌日のこと、編集者から知らされる、という形だった。選考会 が開かれる前は勿論(もちろん)、会見場に到着して関係者と顔を合わせた時にも、誰からもそんな話は出なかった。石原氏の真意や、いつ退任を決意し、表明 したのかについては諸説出ているようだが、私が賞をもらうのが原因とは思えない。実際その後の会見で石原氏は、私の作品を推したと語っている。少なくと も、引導を渡すだの寝首を掻(か)くだのといった種類の話ではない。私が知っていることはだいたいこのようなものだ。それ以外のことは分からない。
それにしても、あんな騒ぎになるとは思いもしなかった。会見で石原氏のことを言えばその場が一気に盛り上がり、和むだろうと考えていただけだ。会 見を御覧になった方はお分かりだろうが、私はテレビ映えしない。だから言葉の上で何か面白いことを言って切り抜けないことにはどうしようもない。だからあ あいうことを言っただけ。それがメディアの作ったストーリーによって思わぬ大きさに膨らんでしまった。
だがそもそもは、作家が言いたいことを言い合った、ただそれだけだ。作家というものは昔からさまざまな形でぶつかったり、反目したりしてきた。文 学上の論争のこともあったし、私怨(しえん)に近いこともあった。まっとうな作品批判から相手の生活や容姿を嘲(あざけ)るようなものまで、熱心に、幅広 く行われてきた。時には言葉だけでなく肉体的な暴力に発展する場合まであったのだ。
今回は言葉の上のこと。なのにそこへメディアが集まった。まるで事件現場に群がるように。つまりいまの日本というのは、作家の言い合いに過剰に反 応するほどにまで、ものが言いづらい世の中なのではなかろうか。だから好きなことを言う人間を珍しがっているのではないのか。そのあたりを、人の言い合い を流すだけのメディアは、いったいどう考えるのか。私はネットをほとんど知らないが、ブログやツイッターで言いたいことを言っているように見える日本人 は、実は言いたいことを出し切れていないのかもしれない。この点を分析する能力は自分にはない。ひょっとすると、言いたいことを自由に言っている石原氏や 私は、古いタイプの書き手なのだろうか。(たなか・しんや、作家=「共(とも)喰(ぐ)い」で第146回芥川賞)

(via 芥川賞に選ばれて:言いたいこと、あの夜と今=田中慎弥 - 毎日jp(毎日新聞))

第146回芥川賞に選ばれ、記者会見する筆者=東京都千代田区の東京会館で17日、山本晋撮影

すでに各メディアで流されたから御存知の方も多いだろうが、一月十七日、私の小説が芥川賞に決まった日の夜、東京でバカな記者会見をした。女優の 言葉を引用し、自分がもらって当然と言い、さらに石原慎太郎都知事に言及した。その後のさまざまな報道のされ方の中には、事実と違う部分がかなりある。終 わったこととはいうものの、私の知っている範囲の事情を、どうしても書いておきたい。

まず、十七日の会見の段階で私は、石原氏が六日に行った、今度の芥川賞候補作はバカみたい、という発言を全く知らなかった。正確な内容を知ったの は十八日になってからだ。次に、会見内での、もらって当然、都知事と都民のためにもらっといてやる、という言い方は、はっきり言うと最終候補になるずっと 前から、もしその時が来たら言ってやろうと準備していたものだった。だから、六日の都知事の発言に田中がかみついた、というのはメディアが勝手に作った図 式だ。

もう一つ、その後の石原氏の選考委員退任について。これを知ったのもやはり受賞決定の翌日のこと、編集者から知らされる、という形だった。選考会 が開かれる前は勿論(もちろん)、会見場に到着して関係者と顔を合わせた時にも、誰からもそんな話は出なかった。石原氏の真意や、いつ退任を決意し、表明 したのかについては諸説出ているようだが、私が賞をもらうのが原因とは思えない。実際その後の会見で石原氏は、私の作品を推したと語っている。少なくと も、引導を渡すだの寝首を掻(か)くだのといった種類の話ではない。私が知っていることはだいたいこのようなものだ。それ以外のことは分からない。

それにしても、あんな騒ぎになるとは思いもしなかった。会見で石原氏のことを言えばその場が一気に盛り上がり、和むだろうと考えていただけだ。会 見を御覧になった方はお分かりだろうが、私はテレビ映えしない。だから言葉の上で何か面白いことを言って切り抜けないことにはどうしようもない。だからあ あいうことを言っただけ。それがメディアの作ったストーリーによって思わぬ大きさに膨らんでしまった。

だがそもそもは、作家が言いたいことを言い合った、ただそれだけだ。作家というものは昔からさまざまな形でぶつかったり、反目したりしてきた。文 学上の論争のこともあったし、私怨(しえん)に近いこともあった。まっとうな作品批判から相手の生活や容姿を嘲(あざけ)るようなものまで、熱心に、幅広 く行われてきた。時には言葉だけでなく肉体的な暴力に発展する場合まであったのだ。

今回は言葉の上のこと。なのにそこへメディアが集まった。まるで事件現場に群がるように。つまりいまの日本というのは、作家の言い合いに過剰に反 応するほどにまで、ものが言いづらい世の中なのではなかろうか。だから好きなことを言う人間を珍しがっているのではないのか。そのあたりを、人の言い合い を流すだけのメディアは、いったいどう考えるのか。私はネットをほとんど知らないが、ブログやツイッターで言いたいことを言っているように見える日本人 は、実は言いたいことを出し切れていないのかもしれない。この点を分析する能力は自分にはない。ひょっとすると、言いたいことを自由に言っている石原氏や 私は、古いタイプの書き手なのだろうか。(たなか・しんや、作家=「共(とも)喰(ぐ)い」で第146回芥川賞)

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この事件の後、西山の所属した毎日新聞社は、本事件での西山のセックススキャンダル報道を理由とした不買運動により発行部数が減少し、全国紙の販売競争から脱落した。また、オイルショックによる広告収入減等もあり、1977年に一度倒産した。当時週刊新潮編集部員だった亀井淳によると、新潮のキャンペーンは極めて好評で、一般読者から無数の激励があったばかりか、毎日新聞社の内情を知らせる情報が次々にもたらされたという。亀井は、「この経験で、週刊新潮は言論によるテロリズムの効果と、その商業的な骨法を会得したのだと思う」と批判的に振り返っている[11]。

会社存続の危機に直面した毎日新聞社は、スポンサー獲得に奔走した。政治部主導で宮本顕治日本共産党委員長と池田大作創価学会会長の会見を設定して、当時対立していた日本共産党と創価学会との関係を取り持つことに成功、1979年12月に両者の間で日本共産党と創価学会との合意についての協定(創共協定)が締結された。そして、その見返りとして創価学会機関紙『聖教新聞』の印刷代行を受注することになった(創価学会は機関紙・出版物の印刷部門や、印刷を請ける関連会社を持たない)。

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西山事件 - Wikipedia

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"時折、くだけた一面も覗かせる。登山時に天皇の姿が見えなくなった折、取材のため同行した新聞記者が天皇のことをうっかり「おとうちゃん」と呼んだところ、記者の背後に突然現れ「おとうちゃんはここにおりますよ」と冗談めかして言い、驚かせたことがある。"

明仁 - Wikipedia